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AIが医療現場を変える──米国で進む「書かない医療」の今
Dragon Copilot / Abridge / Suki に見る臨床現場DXの現在地

公開日:2025.10.17 更新日:2025.10.17
意思と看護師と患者の対面コミュニケーション

AIが医療従事者の時間を取り戻す

生成AIの進化は本当に目覚ましいものがあります。最初は「文章を自動で作成してくれるなんて!」と驚いていたのに、今では画像や動画まで生成でき、まるで人間と話しているような自然な会話もリアルタイムでできるようになりました。技術の進歩スピードには、正直ついていくのが大変なほどです。

こうした汎用的なAIの発展も素晴らしいのですが、加えて今後注目すべきなのは、特定の分野に特化したAIの成長かもしれません。医療分野はその代表例で、単に「何でもできるAI」ではなく、医療現場の複雑なニーズや専門性にピンポイントで応えるAIが次々と登場しています。

そんな中、MicrosoftのAI臨床支援アシスタント「Dragon Copilot」が、これまでの医師向けサービスから一歩進んで、看護師の業務にも対応することになると発表されました。

これまで医療現場のAI化というと、どうしても医師の診断支援や治療方針の決定といった部分にスポットが当たりがちでした。でも実際の医療は、医師だけでなく看護師、薬剤師、検査技師など多くの専門職がチームとなって患者さんを支えています。Dragon Copilotの看護業務への拡大は、「チーム医療」全体の効率化を目指す大きな一歩と言えるでしょう。

音声認識技術により、患者さんとの自然な会話の中で必要な情報が自動的に記録されるようになれば、看護師さんはその分の時間を患者さんと直接向き合う時間に使えるようになります。「書く時間」が減れば、「寄り添う時間」が増える。これこそが「書かない医療」の真の価値かもしれません。

筆者は医療現場で勤務した経験はありませんが、医療にお世話になる一患者として、現場の医療従事者の方々がいかに多忙かは想像に難くありません。人々の命や健康を守る大切な仕事だからこそ、現場で働く方々の疲弊が減り、より恵まれた環境で働くことができる人々が増えればと願わずにはいられません。AIによる業務効率化は、まさにそうした希望に応える技術革新と言えるでしょう。

Microsoft Dragon Copilot
― 巨人Microsoftが描く、医療AIの「標準プラットフォーム」

Dragon Copilot は、Microsoft が Nuance を買収して生まれ変わった医療AIアシスタント。
音声認識の老舗 Dragon Medical と、Azure OpenAI 等の大規模言語モデルを組み合わせ、
「聞く」「書く」「考える」をすべて統合した医療AIプラットフォームです。

特徴
・高精度の音声認識+生成AI
・Epic・athenahealth など主要EHRと深く統合
・医師・看護師両方のワークフローをカバー
・Microsoft Cloud for Healthcare による堅牢なセキュリティ

💬 評価
エンタープライズ規模の医療機関にとって、“最も安全で確実な選択肢”。
既に400以上の医療機関で導入され、StanfordやNorthwesternなどトップ病院でも稼働中。
Microsoftのエコシステム(Teams, Azure, Copilot Studio)との親和性も高く、
将来的には「医療向けOffice Copilot」的存在になる可能性を秘めています。

Abridge
― 「信頼できるAI」で急成長する、精度重視のチャレンジャー

Abridge は 2018 年にピッツバーグで生まれたスタートアップ。
創業者は心臓専門医という異色の経歴を持ち、「医師がAIを信頼できること」を最優先に設計されたのが特徴です。

特徴
・医療会話専用AIモデルを独自開発(150万件以上の臨床データで訓練)
・各文がどの音声から生成されたかを示す Linked Evidence 機能
・UpToDate との提携で、ノートからエビデンス参照可能
・Epic / Cerner / athenahealth などにネイティブ統合

💬 導入と評価
Kaiser Permanente や UPMC、Mayo Clinic などが採用。
2025年には Best in KLAS(ユーザー満足度No.1) を受賞。
AIが生成した文に「根拠リンク」が付くため、医師は“AIが何を根拠に書いたか”をその場で確認できます。
この「透明性のあるAI」は、医療現場での信頼獲得に直結しています。

Suki AI
― 使いやすさで勝負する「医療版 Alexa」

Suki は「Hey Suki」と呼びかけると起動する音声アシスタント型AI。
文書作成はもちろん、EHRデータの照会やオーダー入力、コーディング補助まで、音声だけで完結できるのが最大の魅力です。

特徴
・医療特化ASR+複数LLM(OpenAI / Google Geminiなど)の自動切替
・Epic・Cerner・athenahealth など主要EHRとリアルタイム連携
・Zoom・Amwell との提携で遠隔診療にも対応
・モバイル/Webどちらでも利用可能

💬 評価
外来・テレヘルス領域を中心に導入が拡大。
導入後の平均採用率は70%以上と、ユーザー定着率が非常に高い。
「自然に使える」「技術を意識せず使える」という声が多く、
医療版の Alexa / Siri のようなポジションを確立しつつあります。

比較まとめ

項目 Dragon Copilot Abridge Suki AI
強み Microsoftの統合力・多職種対応 精度・信頼・臨床現場への最適化 使いやすさ・導入容易性
ターゲット 大規模病院・統合EHR環境 学術医療機関・専門医中心 外来・クリニック・遠隔診療
特徴的機能 生成AI+音声オーダー入力 Linked Evidence+UpToDate連携 音声アシスタント+EHR検索
評価 「安全な選択肢」 「信頼できる精度重視派」 「使いやすさNo.1」

市場のこれから:AIが医療のインフラになる日

これら3社は、それぞれ異なる戦略を採っています。
Dragon Copilot: 医療AIの標準化とスケールを狙う「王道派」
Abridge: 精度と信頼で勝負する「専門特化派」
Suki: UXと柔軟性で現場を広げる「実用派」

ただ、いずれの方向性にも共通しているのは、「AIが医療の文書作業を支える“インフラ”になる」という未来像です。
すでに現場では、AIが会話を聞き、ノートを書き、ガイドラインを提示する。
医師がAIに「何を書いた?」と尋ねる光景は、もはや珍しくありません。

おわりに:AIが「書かない医療」を現実にする

Dragon Copilot、Abridge、Suki。
それぞれが異なる技術と哲学を持ちながらも、目指す場所は同じです。
それは――医療従事者が人と向き合う時間を取り戻すこと。

AIが現場の記録を担うということは、単なる業務効率化ではありません。
医師が患者の表情を見る余裕を取り戻し、看護師が言葉にならないサインに気づけるようになる。
その「余白」が、人間らしい医療を支えるのです。

AIが聞き取り、書き、整理する。
人が共感し、判断し、寄り添う。
その役割分担が自然に根づくとき、医療はテクノロジーによって冷たくなるどころか、むしろあたたかさを取り戻すでしょう。

「書かない医療」は、記録を捨てる医療ではなく、
人間が本来の役割――“人を診る”という営み――に集中できる医療への進化です。
AIはその静かなパートナーとして、すでにその第一歩を踏み出しています。

📎 参考リンク

Microsoft Dragon Copilot – Microsoft for Healthcare
Abridge Official Site
Suki AI Official Site