PFAS規制に対応できるフッ素化合物代替の高機能材料について
近年、世界の各国地域でPFAS(有機フッ素化合物)に対する規制が急速に進んでおり、産業界ではPFASの代替となる材料のニーズが高まっています。この記事ではPFASの代替となる材料の候補を、PFASが規制される背景と共に詳しく説明します。
目次
PFAS規制とは
PFAS (ピーファス)規制とは、PFASとして定義される化学物質の製造、使用、排出を制限・管理するための法的措置や基準を指します。PFASとは、人工的に作られたフッ素を多く含む有機フッ素化合物の総称です。炭素-フッ素結合(C-F)という強力な化学結合を持ち、優れた耐熱性や耐薬品性、撥水・撥油等の特性を持つことから、被覆材や樹脂材料として様々な用途に活用されています。
その一方で、PFASは環境中で分解されにくく、環境や健康に有害な影響を及ぼす可能性があるため、各国で規制の導入が進んでいます。PFAS化合物の中でも特にPFOSやPFOAなどの物質はその有害性が問題視されており、既に日本を含む多くの国で製造や使用が制限されています。その他のPFASについても各国・各機関において規制の導入や管理のあり方などが活発に議論されており、今後ますます規制が強化されると見通されていることから、産業界においてはPFAS代替品の開発が急務となっています。
PFASの代替となりうる材料
しかし、すべての面でPFASと同等な代替材料を見つけることは困難です。 PFASの優れた特性のほとんどはフッ素の電気陰性度の高さやC-F結合の強さなどのフッ素自体が持つ特徴や性質に起因しており、すべての面でフッ素樹脂と同等な代替材料を見つけることは原理的に不可能と言えるからです。ですが耐熱性や耐薬品性など、特定の機能や性能のみに着目するならば代替材料を見つけられる可能性があります。
例えば、耐熱性に注目すれば、同じように高い耐熱性を持つPPSやアラミドのような非フッ素系のスーパーエンジニアリングプラスチックが候補にあげられます。また、耐薬品性に注目すればPPSの他にポリオレフィン等が候補となります。さらに特定の薬品に対する耐性のみで十分なのであれば、例えば、アルカリ環境であればビニロン(PVA)などが代替材料になる可能性があります。
撥水性は、フッ素樹脂の性能が飛びぬけていますが、条件次第では表面エネルギーが比較的小さいポリエチレンやポリプロピレンなどは使える可能性があります。また、単純な材料の置き換えではなく、孔径や密度、厚み等の製品設計を変えたり、他の材料と複合化したりすることによって材料の性能差を補完できる可能性もあります。
Table1~4に代表的なフッ素樹脂であるPTFEと、廣瀬製紙が不織布の原料として使用している材料の中からPPS、PET、PE等いくつかの代表的な樹脂との各種特性に対する比較を示します。現時点においてはこのような形で特性比較を行いつつ、最終製品に求められるスペックを満たす材料を探すことがPFASを代替する上でとても重要な取り組みとなります。
Table. 1 代表的なフッ素樹脂 性能表
ポリマー名称 | 化学構造 | 融点 (℃) | 耐薬品性 | 絶縁性 | 非粘着性 | 耐候性 | 動摩擦係数 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
PTFE | Polytetrafluoroethylene | -(CF2-CF2)- | 327 | 非常に良い | 非常に良い | 非常に良い | 非常に良い | 0.04 |
FEP | Fluorinated ethylene propylene | -(C2F4-C3F6)- | 275 | 非常に良い | 非常に良い | 良い | 非常に良い | 0.30 |
PFA | Perfluoroalkoxy alkane | -(C2F4-C3F6O)- | 310 | 非常に良い | 非常に良い | 非常に良い | 非常に良い | 0.20 |
PVDF | Polyvinylidene Fluoride | -(CH2-CF2)- | 171 | 良い | 良い | 普通 | 非常に良い | 0.39 |
ETFE | Ethylene tetrafluoro ethylene | -(C2H4-C2F4)- | 270 | 良い | 良い | 普通 | 良い | 0.40 |
出典:小川年之,フッ素樹脂の特性とコーティング剤としての現状 318-327(1983)
Table. 2 耐熱性比較表
PTFE | PPS | PET | PE | PA6 | |
---|---|---|---|---|---|
最大連続使用温度(°C) | 260 – 290 | 200 – 220 | 80 – 140 | 100 – 120 | 80 – 120 |
融点 (°C) | 327 | 280 | 260 | 132 | 171 |
難燃性 (UL94) | V0 | V0 | HB | HB | HB |
熱伝導率 (W/m.K) | 0.23 – 0.50 | 0.29 – 0.32 | 0.29 | 0.45 – 0.50 | 0.24 |
参考文献:Omnexusの公開記事を参考に廣瀬製紙で制作(https://omnexus.specialchem.com/)
Table. 3 耐薬品性比較表
薬品名 | PTFE | PPS | PET | PE(HDPE) | PA 11/12 |
---|---|---|---|---|---|
Acetone @ 100%, 20°C | 〇 | 〇 | △ | △ | 〇 |
Benzene @ 100%, 20°C | 〇 | 〇 | △ | △ | △ |
Chloroform @ 20°C | 〇 | 〇 | △ | × | × |
Ethanol @ 96%, 20°C | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
Methanol @ 100%, 20°C | 〇 | 〇 | △ | 〇 | 〇 |
Phenol @ 20°C | 〇 | 〇 | × | 〇 | × |
Mineral oil @ 20°C | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
Sodium hydroxide @ 10%, 60°C | 〇 | 〇 | × | 〇 | △ |
Toluene @ 20°C | 〇 | 〇 | △ | △ | 〇 |
Xylene @ 20°C | 〇 | 〇 | △ | △ | 〇 |
参考文献:Omnexusの公開記事を参考に廣瀬製紙で制作(https://omnexus.specialchem.com/)
Table. 4 表面自由エネルギー・接触角比較表
ポリマー名称 | 表面自由エネルギー | 接触角 |
---|---|---|
(dynes/cm) | (degrees) | |
PTFE | 19 | 120 |
PDMS(Silicone elastomer) | 23 | 98 |
PVDF | 25 | 80 |
PE | 30 | 88 |
PP | 30 | 88 |
PVA | 37 | 10 |
PPS | 38 | 87 |
PET | 42 | 76 |
出典:小川年之,フッ素樹脂の特性とコーティング剤としての現状 318-327(1983), 羽田 正紀, プラスティックフィルムの表面改質 78-83(2010)
PFASが規制される理由
そもそもなぜPFASが規制対象になるかというと、それはPFASが化学的に非常に安定した化学物質であるという特徴に起因します。この安定性は材料として利用する際には利点になるのですが、自然環境中では分解が困難であり、長期間にわたる残留性や拡散性が問題視されます。毒性については未解明の部分も多いのですが、一部のPFASでは発がん性が疑われる評価結果も出ていることから、環境や人体に有害な影響を及ぼす可能性が懸念されています。こうした背景から、各国でPFASの規制が導入され、さらに強化されつつあります。こうした規制には、製品中のPFASの使用制限、排出基準の設定、そして特定のPFASについては完全禁止まで含まれることがあります。
PFASが化学的に安定である理由は、以下の特徴によります。
①C-F結合の強さ
PFASの化学構造には、多くの炭素-フッ素結合(C-F結合)が含まれています。C-F結合は化学結合の中で最も強力な結合の一つであり、熱的・化学的な分解に非常に強い耐性を持ちます。
②フッ素の高い電気陰性度
フッ素は元素の中で最も電気陰性度が高いため、共有結合する際に電子を強く引き寄せます。これにより、PASFのC-F結合等は非常に安定するとともに、他の化学物質との反応性が低くなり、耐薬品性や難分解性につながります。
③疎水性と疎油性
PFASはフッ素原子の多さから疎水性だけでなく疎油性も持っているため、水や油などの極性のある多くの化合物と相互作用しにくく、環境中での分解が困難になります。
④分子の非極性・低反応性
PFASは通常、長鎖のフルオロアルキル基を持ち、分子全体が非極性となっています。このため反応性が低く、光化学的、熱的、または生物学的プロセスによる分解が極めて困難となっています。
これらの特性によって、PFASは、撥水・撥油被覆材、消火剤、食品包装、電子機器、化粧品などに幅広く使用される一方で、その安定性や難分解性のために自然環境や体内で長期間分解されずに残留することが多く「永遠の化学物質」とも呼ばれており、その影響に対する不安から、世界的に規制が強化される傾向にあります。
各国地域の動向
各国地域の代表的なPFAS規制の現状と今後の動向をTable.5にまとめました。地域ごとに規制対象物質・形態に差はあるものの、世界的に規制が強化される傾向にあることが確認できます。
Table.5 各国地域のPFAS規制の一例
地域 | 規制 | 規制物質 | 現在の取り組みや今後の動向 |
---|---|---|---|
欧州 | REACH規則 |
|
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アメリカ | EPAによる PFAS Strategic Roadmap |
|
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日本 | 化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法) | PFOSとPFOA |
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各国地域のPFAS規制の一例
- ・専門家の気付き~PFAS対策の国際状況と今後の動向~|化学物質国際対応ネットワーク(https://chemical-net.env.go.jp/column_kizuki_matsuoka.html)
- ・Gleiss Lutz. (2024, March 21). PFAS restriction proposal on the EU level.(https://www.gleisslutz.com/en/news-events/know-how/pfas-restriction-proposal-eu-level)
- ・EUR-Lex(https://eur-lex.europa.eu)
- ・New York and California: Bans on PFAS in Textiles and Apparel Begin January 1, 2025 Publications(https://www.morganlewis.com/pubs/2024/11/new-york-and-california-bans-on-pfas-in-textiles-and-apparel-begin-january-1-2025)
- ・U.S. Environmental Protection Agency. (2024, April). Key EPA Actions to Address PFAS.(https://www.epa.gov/pfas)
- ・Asahi Shimbun. (2024, July 24). Japan must set PFAS levels to ensure safe drinking water.(https://www.asahi.com/ajw/articles/15359359#)
PFAS代替として有力な湿式不織布について
不織布の産業においてもPFASは繊維原料や被覆材として使用されてきましたので、こうした規制を受けてPFAS代替となる不織布へのお客様の関心は増加の傾向にあります。
特にPPS不織布は、その高い機能性からPFAS代替の不織布として注目されています。PPSはスーパーエンジニアリングプラスチックのひとつで、耐熱性、耐薬品性、機械的強度など多くの優れた特性を持っています。200℃以上の高温下でも使用可能で耐薬品性も高く、使用条件によってはフッ素樹脂の代替材料として使用できる可能性があります。
廣瀬製紙ではPPS100%湿式不織布「PS」を2009年より製品化しており、目付15g/㎥~150g/㎥、厚み30μm~220μm程度の範囲での製造実績があります。Table.6に「PS」の代表的なグレードの目付と厚みを示しますが、これ以外の仕様や、孔径や強度など必要とされる物性に合わせて設計した製品も製造可能です。また、シリコーン系、アクリル系、ウレタン系、植物系等の非フッ素系被覆材と組み合わせることで、フッ素樹脂に似せた撥水性などの性質を与えることも可能です。
廣瀬製紙のPPS不織布についてはこちらからご覧いただけます。
Table.6 PS 製品一覧
製品名 | 坪量 (g/㎡) | 厚さ (μm) |
---|---|---|
PS0010S | 10 | 30 |
PS0015S | 16 | 28 |
PS0020 | 21 | 72 |
PS0020S | 20 | 41 |
PS0040 | 39 | 99 |
PS0040S | 40 | 61 |
PS0060 | 61 | 150 |
PS0060S | 60 | 79 |
PS0080 | 81 | 169 |
PS0080S | 80 | 102 |
PS0100 | 93 | 195 |
PS0100S | 106 | 127 |
出典:廣瀬製紙株式会社 「PS」データシート(2024)
まとめ
PFASの完全な代替材料を探すのは困難と言えますが、用途に応じて必要なスペックを満たす材料を探すことで代替できる可能性はあります。例えば耐熱性であればアラミド、耐薬品性であればポリオレフィンなどが候補となります。湿式不織布においてはPPSがPFAS代替の1つの有力材料であり、優れた耐熱性、耐薬品性機械的強度などを持っています。
PFAS規制対象でない不織布をお探しでお困りの場合はお気軽にお問い合わせください。PPS不織布以外にも、お客様のご用途に最適な不織布を提案させて頂きます。