廣瀬製紙株式会社

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離島で過ごした3泊4日——奄美大島の夏
海と、家族と、集落の夜

公開日: 2026.08.10 更新日: 2026.08.10

旅先で「あれ、これ、うちの地元でも見たことがあるぞ」と思った経験はありませんか。遠くまで来たはずなのに、そこにあるものが妙に懐かしい。今年の夏、私はまさにそういう体験をしました。

場所は奄美大島です。沖縄へ行ったことがある方は多いと思いますが、その手前にあるこの島には、まだ足を運んだことがないという方も多いのではないでしょうか。今回はその3泊4日を、順を追ってお話ししたいと思います。

島に住む次男を訪ねて

実は、私の次男が奄美大島に移住しています。島でリゾート開発の会社に勤めていて、一棟貸しの古民家の開発などを手がけているのです。

そんなわけで、我が家では「年に一度は奄美へ行こう」と決めています。妻と二人で訪ねたことは何度かありましたが、長男の家族も一緒にとなると、今年でまだ2回目でした。

今回のメンバーは、私と妻、息子2人、長男の奥さん、それに孫。総勢6人での旅です。7月末に3泊4日、宿は次男が手がけている一棟貸しの古民家に、家族全員でお世話になりました。

1日目——ビーチとコックさんの晩ごはん

古民家に荷物を置いたら、まずは近くのビーチへ向かいました。

海の色に、まず驚かされます。白い砂浜のすぐ先が透き通ったエメラルド色で、その向こうがだんだん濃い青に変わっていく。写真で見る「南の島の海」がそのまま目の前にありました。

白い砂浜と黒い岩場が並ぶ海辺。浅瀬は淡いエメラルド色で、沖に向かうほど青が濃くなる。奥には緑に覆われた岬が突き出している
奥に見える岬のあたりまで、ずっとこの色が続いていました

長男夫婦はさっそくシュノーケリングへ出かけていきました。私はというと、孫の面倒を見ながら浜で一緒に遊ぶ役です。もっとも、これがなかなか楽しい。子どもは海に来ると本当に飽きませんね。

夜は、古民家にプロのコックさんが来てくれて、その場で料理を作ってくださいました。地元の食材を使った洋食系のコースです。島の食材が、島とは違う仕立てで出てくる——この取り合わせが面白く、ありがたくいただきました。

2日目——またビーチへ

2日目も、結局またビーチです。行き先を決めあぐねたわけではありません。あの海を前にすると、他へ行く理由がなくなるのです。

この日は、本当に何もしませんでした。浜に腰を下ろして海を眺め、少し歩いて、また座る。孫が波打ち際で遊ぶのを目の端に入れながら、そうやって時間が過ぎていきました。予定を詰めない日が一日あると、旅は急にゆっくりしたものになりますね。

それにしても、なぜこれほど水が澄んでいるのか。あとで調べて合点がいきました。島を取り巻くサンゴ礁が、海中のプランクトンや有機物を吸収して水をろ過しているのだそうです。あの透明さは、島の地形そのものが作っているわけです。

言われてみれば、浅いところなら立ったまま足元の砂まで見えました。もう少し沖に出れば、砂地に点在するサンゴと、そこに集まる色のついた魚が見えるといいます。長男夫婦がシュノーケリングに行きたがったのも、道理でした。

ここで感じたのは、浜が静かだということでした。沖縄と比べると、奄美大島は観光地化がそれほど進んでいません。だから浜も混み合っていないし、行き交う人の数もほどほどです。

海の美しさで言えば決して引けを取らないのに、雰囲気はずっと穏やか。この静けさが、私にはとても心地よく感じられました。

3日目——ウミガメと、ナンコの夜

孫とウミガメに餌をあげた

3日目は、まず長男夫婦を空港まで送っていきました。ここで一行は少し人数が減ります。

そのあと、孫を連れて奄美海洋展示館へ行きました。奄美市の大浜海浜公園の中にある施設で、奄美の海の生きものを見ることができます。

お目当ては、ウミガメに直接餌をあげられることです。餌はレタス。孫が差し出すと、ウミガメがゆっくり寄ってきます。その様子が楽しかったようで、ずいぶん嬉しそうにしていました。

水槽のガラス越しではなく、手を伸ばした先に生きものがいる。子どもにとっては、この距離が大事なのだろうと思います。

館内には、奄美の海中地形を再現した「奄美エコラマ」という大水槽のほか、ナマコに触れるタッチプールやクジラの骨の展示もあります。私たちは餌やりを済ませて軒先を眺めた程度で引き上げてしまいましたが、ゆっくり見て回るならもう少し時間を取ったほうがよさそうです。

夜は集落でナンコ

そして、この日の夜です。集落の集まりに混ぜてもらい、「ナンコ」という遊びをやることになりました。

ナンコというのは、奄美や鹿児島に古くから伝わる酒席の遊びです。2人が向かい合って座り、角材を3本ずつ持ちます。両手を後ろに回して、相手に見えないように何本かを握り、それを盤の上に突き出す。そして相手が何本握っているかを当てる——かみ砕いて言えば、そういう遊びです。安土桃山時代、島津義弘が朝鮮の役から帰国した際に始めたと伝わっているそうです。

畳敷きの部屋で二人が木の箱のような盤を挟んで向かい合い、それぞれ握った拳を盤の上に突き出している。まわりには十人ほどが座り、その後ろに立って見ている人もいる
勝負のあいだ、この小さな盤をぐるりと囲んで見守ります

集落の方が30人くらい集まっていました。私も参加させてもらったのですが、これが難しい。単に本数を当てるだけではなく、独特の掛け合いの言葉があるのです。それも島の言葉なので、私にはうまく口が回りませんでした。

それでも、まわりの方が親切に教えてくださいました。うまくできない者を、そのまま輪に入れてくださる。言葉が分からなくても、その場にいられる——そういう夜でした。

ところで、この集まりに「負けたら飲む」という罰杯のルールはありませんでした。ナンコの紹介では罰杯つきで遊ぶこともあると書かれていますが、少なくともこの日は勝負そのものを楽しむ形です。黒糖焼酎はもちろんいただきました。

これは、高知の箸拳ではないか

遊んでいるうちに、はたと思ったのです。これは、高知の箸拳(はしけん)ではないかと。

ご存じの方も多いと思いますが、箸拳は箸を3本ずつ持ち、相手に見えないように隠して構えて、お互いの箸の数を読み合う遊びです。当て方には違いがあります(ナンコは相手の本数を当て、箸拳は合計が3本になるよう読む)。けれども、道具が3本、手の内を隠す、本数を当てる、そして酒席の遊びである——ここまで揃うと、さすがに他人の空似とは思えません。

奄美は黒糖焼酎——黒糖を原料にした、奄美群島でしか造ることを認められていない焼酎——の島です。集落で人が集まって、飲んで、踊る。一方の高知も、言うまでもなく酒飲みの文化があり、その酒席には箸拳がある。飲む場に遊びが根づいているという点で、この二つの土地はよく似ています。

もうひとつ、この夜に感じたことがあります。次男は移住者ですが、集落の中にすっかり溶け込み、温かく迎えられていました。よそから来た人間を輪に入れてくれる。その空気に触れられたことが、私にはありがたく思えました。

4日目——大島紬村へ

最終日は、妻と二人で大島紬村(おおしまつむぎむら)へ行きました。龍郷町にある、奄美大島の絹織物・大島紬の製造工程を見学できる施設です。

泥染などの体験もできるようでしたが、今回は見て回るだけにしました。糸に絞りを入れる締機(しめばた)、車輪梅(しゃりんばい)という木から取った染料で染める工程、そして泥染。あの深い黒は、こうして出しているのかと感心しきりです。

最後は手織りです。細かい点と点を合わせて織り上げていく手つきを見ていると、一枚の反物ができるまでにどれだけの手が入っているのかが、目で分かります。ものづくりの現場というのは、やはり見てみるものですね。

帰ってきて思うこと

この島を一言で表すなら、「素朴」という言葉がいちばん近いように思います。海がきれいなのはもちろんですが、街も、そこで暮らす方々も、どこか飾らない。親切で、親しみやすい。そういう人柄に触れることができました。

そして、高知と奄美大島に、少し近いものを感じました。南国に共通する何かがあるのかもしれません。酒席の遊びが似ているというのは、その分かりやすい一例なのでしょう。

ただし、高知と違って奄美は島です。美しいビーチがあり、サンゴ礁があり、手つかずの自然がある。沖縄と比べれば素朴で朴訥ですが、それこそがこの島の良さだと私は思います。

奄美大島は、とてもいいところです。沖縄まで足を延ばしたことがある方こそ、その手前にあるこの島にも一度行ってみてはいかがでしょうか。海の色に驚いたあと、どこかで高知に似た匂いを嗅ぎ取るかもしれません。

この記事を書いた人

営業顧問 楠瀬 裕之

化学系工業材料メーカーの営業を長年担当。
定年後に高知の郷里に帰り、廣瀬製紙に入社して3年。
営業とマーケティングのお手伝いをしています。

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